河村康輔の高校は?大学や経歴・年齢などのプロフィール調査!

コラージュアーティストとして躍動中の河村康輔さんが、 2022年7月31日の『情熱大陸』(TBS系列にて放映)に出演します。

コラージュアートとは、写真や印刷物などを切り貼りして表現するアート技法のひとつです。

河村さんは、2022年4月に『UNIQLO』のグラフィックデザインTシャツブランド「UT」のエグゼクティブディレクターに就任しました。

その他、国内外の有名ブランドや、エヴァンゲリオンなどの映像作品とコラボしたアートワークを展開しています。

そこで今回は河村康輔の高校は?大学や経歴・年齢などのプロフィール調査!ということでまとめてみました。

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目次

河村康輔の高校は?

 河村康輔さんの高校は公表されていませんが、河村さんは、広島県福山市に生まれて、そのまま地元で高校まで進学していることはわかっています。

福山市は、風光明媚な港町で人気の高い観光地「鞆の浦」があることで知られています。

福山市といえば、文豪井伏鱒二、ミステリー作家の島田荘司さん、歌手で俳優の世良公則さん、DJ・タレントでおなじみの小林克也さんなどが出身地です。

個性的な著名人が多い土地柄なんですね。

河村さんの出身高校は不明(未公開)でしたが、彼が育った環境を調べてみました。

小学生の頃に近所に古い映画館があって1階がサウナだったのを覚えている。

大友克洋の「AKIRA」を見てトラウマになるほどの衝撃を受けた。

その近くには映画の手書きの看板屋さんがあってよく見に行った

という談話がインタビュー記事にありました。

探してみると「福山劇場」という小規模の映画館があったということが分かり、その当時昔のアニメなどを上映していて小中学生で賑わっていたらしいという記述を見つけることが出来ました。

そこは、現在の福山市舟屋町あたりで、JR福山駅からそんなに遠くない、商店街がある街でした。

小学生の移動距離からすれば、この周辺が彼の自宅付近だったのではないかと考えられますね。

「高校時代に広島から夜行バスで、東京にハードコアのライブを観に行った」と語っているので、地元の高校に進学したのは確かなようです。

福山市内には高校が21校あり、そのうち2校が女子高と通信制高校なので、19校の中のどこかの高校に通っていたと考えられます。

河村康輔の大学

河村康輔さんは大学には進まず代々木にあるデザインの専門学校に進むことになります。

高校を卒業して、とにかく憧れの東京に出たかった河村さんでしたが、両親の許しを得るためには「進学する」という名目が必要だったので大学ではなくデザインの専門学校にしたそうです。

代々木付近で専門学校を探すと

日本デザイン福祉専門学校

桑沢デザイン研究所

東京デザイン専門学校

が出てきます。

この3つの何処かかもしれませんね!

高校時代から、ハードコアな音楽や映像にハマって、DVDのパッケージデザインなどに目を奪われていたそうでファッションブランドBOUNTY HUNTER(バウンティーハンター)の岩永ヒカルさんに憧れを抱き

こんなデザインが出来たら良いな

デザイナーって楽しくて楽そうな仕事だな

と訳も分からないままデザイナーを志望していたとのこと。

それでも、入行後すぐにを違和感を覚え、2日で行かなくなったとか。

そのうち、映画やライブが生活軸になり、アルバイトで生活しながら過ごしていました。

20歳の時、友人が持っていた蛍光色の Power Macintosh G3に衝撃の出会いをしたと言っています。

友人がフォトショップやイラストレータを使って作り出すグラフィックに感銘を受けて

「これだ!」と思い立ち、祖父からもらった学資の20万円でパソコンを即購入。

自宅でグラフィック三昧の日々だったそうです。

その後吉祥寺のバウスシアターというライブハウスにいる友人から、フライヤー(宣伝チラシ)の仕事をしてみないかと言われて、自らプレゼンをしに行ったとのことです。

お目当ての対象には声をかけられなかったようですが、偶然にも「ヴァンダライズ」のデザイナーである一ノ瀬弘法氏と知己を得たことがきっかけで、その後フライヤーやポスター、チケットなどのデザインの仕事にのめり込んだそうです。

学校で得た知識というよりも、好きな道でとことんやっている内にじわじわ人脈を広げながら、同時にスキルアップを図ってきたようですね。

出会いが人を大きくさせるという、正に絵に描いたように実践されたみたいですね。

河村康輔の経歴

正に、デザイン業界のシンデレラボーイともいえる河村康輔さんですが、ここで簡単にアーティストとしての経歴をまとめてみました。

2006年に根本敬氏個展『根本敬ほか/入選!ほがらかな毎日』で入選。

その後様々なライブ、イベント等のフライヤーを手掛ける他、美術館、ギャラリー等で個展、グループ展に参加。

2011年にサンフランシスコでの個展「TOKYO POP!!」を開催する。

その後も様々なミュージシャンとコラボしてライブコラージュを行う。

2012年にスイスのローザンヌで開催されている「LUFF」というフェスに参加して個展を開催。

現在ERECT Magazine(世界中のクリエイティブに関するコラム、インタビュー、コラボレーション作品を紹介する雑誌)のアートディレクターを務める。

代表的な仕事

・2012年大友克洋「GENGA展」でのメインビジュアル制作。

・2012年中原昌也「エーガ界に捧ぐ」装丁、デザインを担当。

・2012年大谷能生「JAZZ ABSTRACTIONS」ジャケット・ヴィジュアルやデザインを担当する。

・2013年田名網敬一作品集「glamour」でのアートディレクション、デザイン作品コラボレーション発表。

・2013年大友克洋監督作品「SHORT PEACE」ポスター・ヴィジュアルなどの制作を担当する。

・2018年渋谷PARCOアートウォール企画「AD2019」でグッドデザイン賞受賞(大友克洋氏『AKIRA』のコラージュアート作品)

・2022年ルミネ×エヴァンゲリオンでの広告ヴィジュアル、アートディレクション、デザインを担当する。

など、映像、音楽、ファッション他多岐にわたるジャンルとのコラボレーションアート作品を手掛けている。

河村康輔の年齢やプロフィール

河村康輔さんのプロフィールを紹介します!

実に多彩で幅広い人脈交流を持つアーティストの河村さんは1979年広島県福山市で誕生しました。

1979年生まれですから、現在は42か43歳ということになりますね。

身長などのプロフィールの情報はなく、今後のメディア出演でわかってくると思います。

現在は東京都在住ですが、幼少期から高校卒業時まで、郷里の福山市で過ごしています。

卒業後に上京し代々木のデザイン専門学校に入学するも中退。

アルバイトを重ねながら、フライヤーやポスター、チケットなどのデザインで生活する。

当初はコンピュータによるグラフィックが主だったが、アメリカのコラージュアーティストであるウィンストン・スミス氏と知り合った影響から、アナログ手法でのコラージュ作品を制作するようになる。

その後は、経歴の通り数多くのアーティストとコラボした作品を世に送っています。

まとめ

今回は『河村康輔の高校は?大学や経歴・年齢などのプロフィール調査!』ということでまとめてきました。

2022年7月31日の『情熱大陸』で取り上げられる、気鋭のコラージュアーティスト河村康輔さん。

彼の経歴や、プロフィールを調べると次のようになりました。

・高校名は未公開だが、郷里の広島県福山市ではないかと思われます。

・大学に入っていません。高校卒業後は東京の代々木にあるデザインの専門学校に入学しますが、中退しています。

・経歴では、興味のあることや、好きなことにのめり込みながら、志したデザインの道を自分なりにいろいろな人的交流を経て達成しています。

・年齢は2022年7月現在42歳か43歳(1979年広島県福山市生まれ)

河村康輔さんのアクティブでエネルギッシュで、自由で斬新な作風は多くの人の心を魅了してやみません。

今後の活躍に期待したいところですね。

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